December 22, 2007

ロシア俳句

 ロシアで俳句が関心をもたれているとは、何かうれしいねぇ~。

産経新聞より 

日本の俳句に関心が高まっているロシアで、独立系通信社「ノーブイ・レギオン(新しい地方)」が最近、「プーチン大統領退陣」というテーマで俳句コンテストを実施し、作品を公募した。同社のホームページに掲載された力作の数々を読んで、思わずうなった。

 「プーチン去る 笑顔のあなた まだ早い」

 強面(こわもて)のソ連国家保安委員会(KGB)出身の大統領退陣で、強権的な政権の姿勢が軟化するのではないかという淡い期待を抱く人々に、冷水を浴びせる内容の作品だ。

 反テロ姿勢を鮮明にし武力による容赦なき掃討作戦で流血をもいとわない大統領を、皮肉まじりに称賛した作品もある。 「血の煙 プーチン先生 敵潰(つぶ)す」

 「赤とんぼ 疲れて休む カネはなし」

 赤とんぼと自らをダブらせた作品で、大統領が変わっても、社会的な弱者の苦しい暮らしぶりは何も変わらない。そんな格差拡大社会の現実を嘆く庶民の哀愁が漂う。

 「ツァーリ(皇帝)去る 忠義の側近 切腹せよ!」

 皇帝退陣後も甘い汁を吸い続ける官僚を単刀直入に批判した作品だ。

 ソ連時代に、政治風刺を効かせたアネクドート(小話)の文化が隠花植物のように広がったロシアである。俳句というよりも川柳の部類に入るこれらのロシア流「ハイク」も、新しい文化として花開くかもしれない。

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November 20, 2007

Amputees (手足のない)dancing

Hand in Hand

CATHY LOFTS DANCING "THE BROKEN DOLL"

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June 15, 2007

求法の旅人

Kaki_2007  日本人で初めてチベットに入った人物は、有名な河口慧海だと思っていたが、実はそれより先に実現していた二人の僧侶がいた。しかもそれは能海寛寺本婉雅という浄土真宗大谷派の僧侶であった。(神戸新聞文化記事より)

 河口は帰国後に冒険家としても脚光を浴びたが、それに対比して能海は念願の首都ラサに3度目挑んだ旅の途中に『不惜身命』の一文を遺し、消息を絶ってしまう。

○『能海寛って、誰?』

 命をかけて彼らが求めたものは何か。それはその明治時代の廃仏毀釈やキリスト教の影響など仏教の危機的状況の中で、既存の日本仏教を問い直し、仏教の原点に回帰しようと、チベット仏教によるインド直伝の仏教の経典を求めたのである。

 現代の日本仏教の僧侶たちよ、「求法の旅人」の精神に目覚めよ。

大谷大学博物館 2007年度夏季企画展「仏教の歴史とアジアの文化VII チベット 求法の旅人」

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November 08, 2006

俳人 住宅顕信

 僕は、ちょっぴり俳句をつくったりする。と言っても、町の俳句会に毎月課題として5句を投句する程度だ。忙しさにかまけて、俳句に対してもいいかげんなものだ。

 だけど、『きっこの日記』で、俳人・住宅顕信を初めて知ってからは、僕も俳句に「いのち」をぶつけたいと思うようになった。『きっこの日記』では以前にも、俳人・松尾あつゆきを知って衝撃を受けたが、住宅顕信を知ったことは、それ以上の衝撃だ。

 俳人・住宅顕信は、昭和36年生まれで、浄土真宗の僧侶になった。僕は、昭和37年生まれで、真宗の僧侶であり、俳句をしている。しかし、住宅顕信は25歳で死んだが、僕は今、生きている。

 一応、俳句を嗜んでいるから、住宅顕信の句の俳句としての凄さがわかる。だから、顕信の句が胸に突き刺さる。深く深く突き刺さってくるのだ。

 ああ、僕も自分の「いのち」を懸けて、「いのち」を詠んでみたいものだ…。

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June 18, 2006

姫路こども劇場

 うちの娘と妻は、「姫路こども劇場」という親子観劇の市民団体に二年程前から入っていて、ときどきお父さん券などもあり、今日はいっしょに行ってきました。僕としては、法話をわかり易く伝える参考になると思い、機会があったらなるべく観させてもらっています。この「こども劇場」は、毎度良い劇を企画してくれて、観終わったときはいつも充実感があり、幼児~小学生低学年ぐらいまでの親子には、情操面においてもすごくいいから超オススメです。

 今日の講演は、『人形劇団ちんどん』による「だるまちゃんとかみなりちゃん」で、楽しみながらも演出に感心しながら観させてもらった。今回はうちが属するブロックがスタッフ当番らしく、娘と妻に連なって僕も片付けをお手伝いしてきたので、写真も撮らせてもらいました。066_003

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June 17, 2006

『民藝』の目覚め

Dsc01627  このたび古い納屋を建て直すために、収めていた物を整理することになった。古くて使わない物品は捨てることになるのだが、それでも骨董の価値がありそうな物品などは捨てるのを躊躇してしまう。骨董の価値といっても、専門家なら売れるかどうかで判断するのであろうが、たとえ売れなくても骨董のいい雰囲気を醸し出し、インテリアなどとして活かせる物もある。その目立てと活かすセンスがなかなか難しいものだ。

 失敗談として、去年に庫裏屋根裏を整理した際には、布団や衣類などを入れる「長持(ながもち)」の処分について迷い、大きすぎるし置き場所や移動に大変だからという理由で、ついつい粗大ごみに出してしまった。その際も一応は親類の骨董品屋さんに尋ねたのだが、やはり売り物にはならないそうで引き取ってはくれなかったからだ。しかしその後、近江商人屋敷 を見学したときに「長持」を上手に使っているのを見て、やはり惜しいことをしたと後悔している。

 そこでこの度は、よ~く考えて古い物を選別しようと考えた末に、その基準となるものをひとつ発見した。昔の古い民具などが、どうして温かみがあり骨董の味があるのか?それは丁寧に手間をかけられて作られた「手作り」だからである。その作った人の苦労や心意気や職人の誇りなどが形となったものだからである。そういう「人の心」が形になった物品は無にしてはいけない、大事にしなければいけない。

 そういうことを僕なりに大発見したのだが、そういうことを思えるようになったのは、やはり仏法のおかげだと思う。

 その僕的大発見の数日後、本屋でたまたま見た『柳宗悦の世界』というムックを見たら、そういうものを〝民藝〟というらしい。その上、柳宗悦は民藝理念の延長に仏教(真宗)と結びつき、逗留していた城端別院で『大無量寿経』第四願「無有好醜の願」から啓示を受け名著『美の法門』を御広敷の間にて一晩で書き上げたという。他にも師である鈴木大拙の影響から妙好人の研究などもあり柳宗悦は真宗とたいへん所縁のある人であった。

  

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April 19, 2006

〝チンロン〟、スゴっ!

Chinlonereel僕的に「ミャンマー」が気になっているこの頃ですが、ミャンマーの凄カッコイイもの見つけました。それはChinlone〔チンロン〕。とにかく見て見て!
Hp

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March 22, 2006

NHK『知るを楽しむ』精進料理

 NHK教育テレビ 『知るを楽しむ 何でも好奇心 パトリス・ジュリアンの〝精進料理〟を学ぼう』 って初めて視たけど、なかなか面白かったな、テキスト買っとこ。

 

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March 10, 2006

増山たづ子さん 逝去

 ニュースのおくやみで知ったときは思わず「エッ!」と言ってしまった。
増山たづ子さんの名前を知ったのは、今年の一月に見に行った高橋まゆみ創作人形展に併設されていた写真展でのことだ。高橋さんの人形は、昔の日本人の懐かしい顔、姿を表現して、見ていて心がじんわりと暖かくなるものだが、その人形たちのモデルとなったのだろうと思えるのが、増山たづ子さんが撮った村の人々の写真だ。
 小さな山村でみんながお互いに助け合いながら生活していた生き様が伝わってくる記録写真だ。写っている人の顔は老若男女みんな人間味溢れる安らかで幸せそうな表情だ。みんなが助け合うつながりの中で安心して暮している顔なのだ。高橋さんも、その人間の本当の「安らぎ」という色もない形もないものを、人形という形にして表現していたのだ。そのことに気づいて人形と写真を見直したら涙がでてきた。
人間の幸せとは、お金や物では満たされない、人と人とのつながりの中の安らぎがあってこそ満たされるものなのだ。だから人間(じんかん)と書くのだ。
 増山たづ子さんの写真は、日本人の忘れてしまった本当に大事なことを教えてくれる。合掌


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