November 08, 2006

俳人 住宅顕信

 僕は、ちょっぴり俳句をつくったりする。と言っても、町の俳句会に毎月課題として5句を投句する程度だ。忙しさにかまけて、俳句に対してもいいかげんなものだ。

 だけど、『きっこの日記』で、俳人・住宅顕信を初めて知ってからは、僕も俳句に「いのち」をぶつけたいと思うようになった。『きっこの日記』では以前にも、俳人・松尾あつゆきを知って衝撃を受けたが、住宅顕信を知ったことは、それ以上の衝撃だ。

 俳人・住宅顕信は、昭和36年生まれで、浄土真宗の僧侶になった。僕は、昭和37年生まれで、真宗の僧侶であり、俳句をしている。しかし、住宅顕信は25歳で死んだが、僕は今、生きている。

 一応、俳句を嗜んでいるから、住宅顕信の句の俳句としての凄さがわかる。だから、顕信の句が胸に突き刺さる。深く深く突き刺さってくるのだ。

 ああ、僕も自分の「いのち」を懸けて、「いのち」を詠んでみたいものだ…。

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July 02, 2006

臨終行儀

 Sさんというご門徒の方で、享年103歳の方が亡くなった。急逝といえる大往生であった。僕はその前日におまいりに行っており、容態が悪くなって救急車が呼ばれる直前にお会いしていた。

 その際は、横臥した身を左右によじりながら苦しそうになさっていた。声をおかけしたら、一瞬ハッとなされ、僧侶の僕に一念合掌なされた。それから、また煩悶しながら、「屏風!屏風を持ってきてー」と家人に大きな声で訴えていらした。

 僕はそのときは、そんなに重篤に思えず、また「屏風」の意味もはっきりとわからなかったため、背中を少し擦ってあげてから、その場を去ってしまった。しかし、その後すぐ救急車で運ばれ入院し次の日の夕方にご逝去なされた。

 僕は、屏風の意味を、たしか浄土信仰の臨終の作法としてあったと思い、Sさんの家人や年長者に尋ねたが誰も存じなかったため、調べて確認してみたら、やっぱりあった。そういえば、近くに仏像も置かれていたことも思い出した。今になって考えれば、臨終の行儀として、僧侶・仏像・屏風が揃う。

 Sさんは、仏教のについての知識・教養がある方だった。なにしろ、古くからある仏教雑誌『大法輪』を若いときから103歳で亡くなる現在まで購読していた程だ。

 だから、Sさんが屏風をたてようとしたのは、やはり臨終の行儀であったのだと確信する。改めて、死を想い生を愛すことによって103歳まで生きられた方の、りっばな臨終であったと敬服いたします。

『東西の臨終行儀』より

道場の飾り方

  道場とは、病室を修行の場にみたてての名前である。場所は西方浄土の方角にあたる「西日の当たるところがよいが、これが出来なければ僧坊、あるいは人の家に新しい物を敷き、屏風を立てて仕切とする。病人がいよいよの時は、座って西方に向かう。病人がふしている場合には、北枕にして表を西に向ける。」次に「三尺の阿弥陀像を用意する。病人の希望によっては他の仏像でも、絵像でもよい。この像を病人から五尺くらい離して置き、寝たままでもそれが見える所に置く。そして仏像の左手に五色(青黄赤白黒)の幡、または糸を取付け、その一方を病人の右手の指に掛け止める。」
  このように、西方浄土から迎えにきた阿弥陀仏に、心ばかりでなく、五色の糸を通じて直接結ばれるようにする。「そして仏像の前に香を焚き、そして灯明をつける。また枕元には鳴らすための磬を置く。このように病人のために準備するものは、屏風(病人の見苦しいところを隠す)、肘かけ、きゅうす、手洗い、紙置きなどである。」

○現代人も、自分自身のみならず家族や大切な人の為にも、心安らかな臨終の迎え方として、『臨終行儀』は大いに参考になるので、心得ておいたら良いと思う。

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June 14, 2006

闘病記ライブラリー

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闘病記700冊ネット検索(朝日新聞6/12) がんや脳疾患などの患者やその家族の体験記をデータベース化した「闘病記ライブラリー」(国立情報学研究所・高野明彦教授)が12日からインターネットによる無料検索サービスを始める。700冊を57病名に分類し、病名ごとにネット上の本棚で表紙や概略を見て検索できる。高野教授は「今後は各地の図書館の横断検索とのリンクを考えていきたい」としている。

 同ライブラリーは、図書館司書や医療従事者が選書した700冊でスタート。今後も増やしていく。「がん」「脳の病気」「心の病気」など12ジャンルに大分類されたトップページをまず選択すると、「乳がん」「脳卒中」など病名に小分類された本棚が表れる。本の背表紙をクリックすると、著者、出版社、目次などが画面上に出る。また医療従事者らがつくった概略や解説もあり、著者の性別や年齢、生死などの情報が得られる。古書店が運営するウェブや治療法、病院名を紹介する医療情報のホームページと違い、より詳細で自分に近い「生活情報」を探すことができる。

 作製のきっかけは、図書館などに闘病記専用棚の設置運動をしている「健康情報棚プロジェクト」の石井保志代表が、高野教授に働きかけたことだ。石井さんによると、闘病記は、患者が病気になったときに、医学専門書と同時に参考にすることが多い。しかし、書名では何の疾病か分からない本もあり、図書館の中には文学やノンフィクションの棚にばらばらに並べられているため、探しづらいという。

 

 

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March 26, 2006

死を判定する高慢

尊厳死:法制化反対の集会 がん患者団体など200人参加

 法律で尊厳死を認めようとする動きに反対する市民集会が25日、東京都内で開かれた。弁護士や哲学者、医
師らでつくる市民団体「安楽死・尊厳死法制化を阻止する会」の主催で、難病やがんの患者団体などから約200
人が参加。「尊厳死の法制化は治療法のない難病患者らに死を選ばせる暗黙の圧力を生む」などの意見が相次い
だ。
 交通犯罪の被害者になった家族の延命治療中止を選択した遺族が「家族を殺したのは自分ではないかという気
持ちが強い」と、複雑な心情を明かす場面もあった。
 生命倫理に詳しく、集会に講師として参加した光石忠敬弁護士は、富山県射水市民病院の患者の不審死につい
て「患者の同意なく他者が人工呼吸器を外すような行為を尊厳死とみなすと、患者が生きるに値しないと他人が
判断をすることにもつながる。(医師の)ごう慢だ」と話した。【大場あい】 毎日新聞 2006年3月25日 20時27分


 尊厳死と安楽死は意味が大きく違うはずだ。混同してはならない。射水市民病院の場合は安楽死であり、安楽死はたとえ本人の意志もしくは同意があったとしても「殺人」に他ならない。

  

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