November 08, 2006

俳人 住宅顕信

 僕は、ちょっぴり俳句をつくったりする。と言っても、町の俳句会に毎月課題として5句を投句する程度だ。忙しさにかまけて、俳句に対してもいいかげんなものだ。

 だけど、『きっこの日記』で、俳人・住宅顕信を初めて知ってからは、僕も俳句に「いのち」をぶつけたいと思うようになった。『きっこの日記』では以前にも、俳人・松尾あつゆきを知って衝撃を受けたが、住宅顕信を知ったことは、それ以上の衝撃だ。

 俳人・住宅顕信は、昭和36年生まれで、浄土真宗の僧侶になった。僕は、昭和37年生まれで、真宗の僧侶であり、俳句をしている。しかし、住宅顕信は25歳で死んだが、僕は今、生きている。

 一応、俳句を嗜んでいるから、住宅顕信の句の俳句としての凄さがわかる。だから、顕信の句が胸に突き刺さる。深く深く突き刺さってくるのだ。

 ああ、僕も自分の「いのち」を懸けて、「いのち」を詠んでみたいものだ…。

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October 22, 2006

いじめ

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 「いじめ」による子供の自殺が社会問題視されるようになって、かれこれ十数年以上たっているのに、未だに改善されていなかった。いったい教師たちは何をしているのだろう。

 教師をしている人が知り合いにも何人かいるが、確かに熱意をもっていると感じる人はいない。むしろ打算的な生き方で教師をしているような人ばかりだ。

 今日の地方新聞には、義家弘介氏の「いじめへの緊急メッセージ」が掲載されていたが、真実の教師とは氏のように「人間への熱い願い」をもつ人でなければならない。

 義家弘介ウェブサイトで講演スケジュールを見ると、学校関係者からの依頼が増えているようだ。教師たちは、義家氏に救いと〝光〟を求めている。

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October 13, 2006

ノーベル平和賞

<ノーベル平和賞>バングラデシュのグラミン銀行と総裁に(毎日新聞10月13日)

 【ロンドン小松浩】ノルウェーのノーベル賞委員会は13日、06年のノーベル平和賞を、バングラデシュの農村で女性たちに無担保融資を続けてきたグラミン銀行と、同銀行を設立したムハマド・ユヌス総裁(66)に贈ると発表した。
 同委員会は「永続する平和は人口の大半が貧困から抜け出す方途を見いだせない限り達成されない」とユヌス総裁と同銀行の活動を高く評価。授賞理由として「人類の半分を占める女性が男性と同等の立場で社会参加できない限り十分な経済発展と政治的民主化は実現しない」と指摘した。
 アジアからの平和賞受賞は00年の金大中(キムデジュン)元韓国大統領以来。イスラム圏の受賞者は03年のイラン人活動家シリン・エバディさん以来となる。授賞式は12月10日にオスロで行われ、賞金1000万スウェーデン・クローナ(約1億6500万円)はグラミン銀行とユヌス総裁が折半する。
 ユヌス総裁は米国で計量経済学を学んだ経済学者だったが、バングラデシュの大飢饉(ききん)(74年)をきっかけに本国での貧困層救済を実践する道に身を投じた。83年に貧しい農村の女性たちを対象に無担保で少額の金を貸し付けるグラミン銀行(グラミンはバングラデシュでは村、農村の意味)を設立。働く意欲や技術があっても手元に資金のない多くの女性たちの社会参加を助けた。
 同銀行はこれまで660万人(97%が女性)に貸し付けし、うち98%が返済されるという目覚ましい実績を上げている。ユヌス総裁による「マイクロ・クレジット」のアイデアはバングラデシュ以外にも広まり、現在は先進国を含む23カ国で同様の少額無担保融資の銀行が生まれている。

◎「慈悲」と「智慧」こそブッディストのアイデンティティーだ。そうして、「円満」な社会システムを実現させることこそブッディストの本来の使命だ。そう考えて自身の〝NEXT〟を模索している僕にとって、ムハマド氏のような人物像は未来への指針となる。

 

○ムハマド・ユヌス氏、グラミン銀行についてのリンク

日経アジア賞

『たった6ドルで人生が変わった』

ユヌス氏との質疑応答。一橋大学経済学部水岡ゼミ

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March 10, 2006

増山たづ子さん 逝去

 ニュースのおくやみで知ったときは思わず「エッ!」と言ってしまった。
増山たづ子さんの名前を知ったのは、今年の一月に見に行った高橋まゆみ創作人形展に併設されていた写真展でのことだ。高橋さんの人形は、昔の日本人の懐かしい顔、姿を表現して、見ていて心がじんわりと暖かくなるものだが、その人形たちのモデルとなったのだろうと思えるのが、増山たづ子さんが撮った村の人々の写真だ。
 小さな山村でみんながお互いに助け合いながら生活していた生き様が伝わってくる記録写真だ。写っている人の顔は老若男女みんな人間味溢れる安らかで幸せそうな表情だ。みんなが助け合うつながりの中で安心して暮している顔なのだ。高橋さんも、その人間の本当の「安らぎ」という色もない形もないものを、人形という形にして表現していたのだ。そのことに気づいて人形と写真を見直したら涙がでてきた。
人間の幸せとは、お金や物では満たされない、人と人とのつながりの中の安らぎがあってこそ満たされるものなのだ。だから人間(じんかん)と書くのだ。
 増山たづ子さんの写真は、日本人の忘れてしまった本当に大事なことを教えてくれる。合掌


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