見えることのありがたみ
子供の寝顔をしみじみ見て想う幸せ。
産経新聞より
長野・トリノ「金」 障害者スキーの第一人者、井口深雪選手、引退決断
■数年後には失明…ラストW杯総合V目指す
長野と昨年のトリノのノルディックスキー視覚障害で金2、銀1のメダルを獲得した障害者スキーの第一人者、井口(旧姓・小林)深雪選手(33)が、今季限りでの引退を表明した。次期バンクーバーでもメダルの最有力候補だっただけに、突然の引退を惜しむ声は多い。しかし、彼女は決断した。数年後の失明前に「少しでも長く、いずれ生まれてくるわが子を見たい」。その思いからだった。
今季ワールドカップはすでに3勝、世界ランキング1位。絶好調だった井口選手が先月末、ワールドカップ第4戦スウェーデン大会終了後にホームページで引退を明らかにした。
井口選手は平成10年の長野パラリンピックで金メダル、トリノでもガイドの高校教諭、小林卓司さん(48)とのコンビでバイアスロン12・5キロで金、7・5キロで銀メダルを獲得。昨年夏には、筑波技術短大の同級生と結婚した。
足に古傷をもち、日常生活に支障はないが、競技を続けるなら手術が必要。井口選手は「そのつもりはないし、ガイドの小林先生が異動すれば今までのようにはいかない。きちんと区切りをつけたい」と話した。
バイアスロンで悲願のワールドカップ総合優勝を目指し、3月10日からカナダで最後の戦いに挑む。
◇
■光ある人生、わが子と歩む
昨年秋のこと。井口選手が所属する日立システムアンドサービス(東京)の荒井秀樹監督(52)と井口選手の結婚後の活動について話していた。
井口選手の結婚相手は米国で理学療法の研究中。当分は別居結婚と聞いていたのに、妙に荒井監督の歯切れが悪い。
「続けるのでしょう?」。不審に思い聞くと、荒井監督は一瞬沈黙し、そして吹っ切るようにこう言った。
「かわいいときの子供の顔を見たいじゃないですか」
井口選手は先天性網膜色素変性症。物の動きが多少分かる程度の弱視だ。今も「半透明の膜で一枚一枚覆われるように」(井口選手)症状が進み、40歳ごろにはまったく見えなくなると宣告されている。
井口選手は子供が大好き。もちろん、愛する人との間に子供が欲しい。そして、光が尽きる前に、かわいいわが子を1分1秒でも長く見て、胸に刻んでおきたいというのだ。
言葉に詰まった。引退は遠くないと確信した。
障害者スポーツは経済的に恵まれていない。井口選手も蓄えが尽きかける苦境を乗り切り競技を続けてきた。理解ある大企業が支援する今の境遇のありがたみは十分に分かっている。選手層が薄い障害者スキーで、トップ選手として若手を引っ張らねばならない責務も痛いほど感じている。
それでも、彼女は決断した。
「ずっとスキーにかかわってはいきたい。将来はクロスカントリースキーの魅力を伝えたい。子供を連れて行ってもいいですね」
引退後は、研究生活があと数年残るご主人と米アイオワ州で生活するという。
こんなこと、世間では言ってはいけない言葉だけどあえて言いたい。早くお子さんが授かりますように。そして少しでも長く、わが子の顔を愛(め)でられますように。(小川記代子)


